老いによる心身の衰えを自覚する65歳の暗殺者、爪角。
仕事で傷を負った彼女は、病院でいつもの老医師に診てもらったつもりが、意識が戻ると知らない若い医師に診てもらった事に気付く。
その医師に思いもよらぬ感情を抱く爪角だったが、そんな彼女に対し若い同僚のトゥより覚えのない敵意を向けられる。
凄腕の殺し屋である爪角は、65歳で現役ながら、物忘れが気になり身体のあちこちにガタがきて、反射神経などへの衰えを自覚するように。
「防疫」と呼ばれる会社からの仕事の依頼も減る中で、老いによる影響なのか、それとも自身が積み重ねてきたものによる心境の変化なのか、拾った犬に「無用」と名付け世話をしたり、仕事の途中で人助けをしてしまうなど、冷徹に仕事をこなしてきた爪角に芽生える情のような感情。
そしてある時、仕事でミスをして傷を負い、見知らぬ若い医師カン博士に診てもらった事で、これまで謂れのない敵意を向けてきた若き腕利きの同僚トゥより、これまで以上のものを受けるように。
果たしてその真意について、爪角はトゥとの戦いで知る事ができるのでしょうか。
終盤のその戦いの場面は読んでいて目に浮かぶようで、スリリングかつ圧巻でした。
さて、そんなアクションシーンもポイントの一つですが、やはり老いに向き合う爪角の心情が読みどころ。
他人から「お母さん」と呼ばれて「あんたの母さんじゃない」と返す様子。
老いを自覚しながらも一流の殺し屋であった事へのプライド。
親子ほど離れた若き医師に抱く想い。
長年使い続けてきて交換部品も無い古い冷蔵庫への固執。
犬の無用へ向ける愛情。
そして、殺し屋として育ててくれた「室長」への恋慕。
そういった様々な感情の揺れが、乾いた文体の中で鮮やかに描かれているかと思います。
そんな中で印象に残ったのは、古い冷蔵庫にこびりついた果実を爪でこすり落とす場面や、最後の戦いに赴く前に「いって―きます」と無用に呼びかけた場面での無用のその姿には、爪角の、そして老いた人間の未来を示唆しているかのようで、まるで胸を穿つかのような衝撃めいたものを感じました。
そしてラストの描き方もいいですね。
表紙の手のイラストの意味がここによく表れています。
ところで爪角の生い立ちや生き方には、子供や女性であるというだけで抗えようにない、搾取されたりなど理不尽な扱いを受けるという現実が根底にはあり、それゆえに余計に哀切感を覚えるのものがありました。
あ、それと65歳というのは、爪角のように殺し屋では問題あるのかも知れませんが、一般的に老人として見るにはまだまだ若いような気もしますね。
実際、私の勤めている会社でも65を超えてまだ現役の人も多いですし。
とはいえ、働きたい人は別として、65を超えてもこれからはますます働かされそうな日本の現実を思うと悲しくなるものがあったりして(笑)。